「こういうところがダメなんだよね」と
自分で自分を殺さないで
「反省しなきゃ進歩もない」と
自分の一部を切り捨てないで
人はロボットでもないし、サイボーグでもない
部品を取り替えれば性能があがるなんて風には出来てない
「こんな自分が嫌い」と思ってもいい
ただ、その「嫌い」という気持ちを抱きしめて
「自分はダメだ」と思ってもいい
ただ、その「ダメだ」という思いで捨てないで
「嫌い」には「怒り」が張り付いていて
「怒り」の奥には「悲しみ」がある
「ダメだ」には「苦しみ」が張り付いていて
「苦しみ」の裏には「渇望」がある
悲しみ、嘆いているわたしは
こんなにも生きたいと願っていて
苦しみ、求めているわたしは
こんなにも与えたいと愛にあふれている
諦めなければきっとその想いに届くから
切り捨てなければ必ず光に出会うから
だからどうぞ自分を諦めないで
自分の身体を愛しているか
自分を愛すること
それは、自分自身をジャッジせず、100%受容すること
そして不完全な自分を そのありのままで愛おしむこと
そう思っている僕の意識には
「自分」という対象に「身体」が入っていなかった
「身体」に感謝している? → イエス
「身体」を愛しているか?
これはあんまりイエスと言えない感じがする
身体の声を聴くこと
身体の望みを叶えること
身体を大切に扱うこと
さしておなかがすいている訳でもないのにものを食べたり
慢性睡眠不足になるまで身体を使い続けたり
身体に悪いとわかっていながら
添加物いっぱいの食物やジャンクフードを摂取して
それでも「身体」は僕に従ってくれる
僕が「身体」を愛していなくても
「身体」は僕を愛してくれる
だけど一方通行の愛はいつか破綻する
そして「身体」は病気になる
僕は「身体」をもっと愛せるかな
「いい人」になるのではなく
「いい人」になったら自分が苦しくなる
「わがまま」になったら相手を苦しめる
相手との「折合い」を見つけて
現実に決着をつけたら
その後に残る自分の心の居心地の悪さに意識を向けていたわってみる
絶望の中で安らいでいく(その2)
八方塞がり
未来に希望は持てず
今やれることは何もなく
そして何よりもう気力もない
虚しさと馬鹿馬鹿しさに
絶望して笑って
どこにも泳ぎ着けない海で
すっかり諦めて力を抜いたら
はじめて 自分が生きているってことに気がついた

