3月の「そだねカフェzoom」「そだねカフェ・ゲシュ」のご案内です。
ご興味・ご関心ある方、お申し込みお待ちしています。
絶望を抱きながら進む
今日は、カウンセラーである友人のセッションを受けた。お題は「まさおちゃんの殻は固い」。友人にそう言われて「どういう感じなんだろう?」と疑問に思ったので、セッションを通じて、自分なりにそれを実感したいとお願いした。
カウンセラーは「まさおちゃんにとって『殻』ってどういう感じ?」とか「『殻』に入ってみる?」とか、いろいろと実験を提案してくれた。そのうち「何か繊細なものを『殻』で守っている」という表現に出会い、そこに何かヒントがある感じがしてきて、さらに「守っている」ではなくて「隠している」だと、さらにしっくりくる感じがした。
カウンセラーは、僕に許可を取って、シータ・ヒーリングで僕のボディをスキャンし始めた。そして「うん、やっぱり隠している。場所は膵臓のところ。膵臓は物言わぬ臓器だから、隠した上で、更にそれすら感じさせないようにしている。」「だけど、それは今、わかってもらいたがっている。」
そう言われて、今度は僕自身が自分の内側を感じて「膵臓のあたりに隠しているもの」を迎えに行った。
そこにあったのは「絶望」だった。過去生の体験というより心象風景だと思うが、廃墟の中で泣きじゃくる子どもの映像があった。絶望的な状況で、何もできない自分に更に絶望するという二重の絶望だった。
この絶望は何度も形を変えて見てきた。宇宙の暗闇に墜ちる自分。血の涙を流す子供。聴衆に石をぶつけられる説教者。
が、今度の絶望は今までとは意味が違った。いつも自分の中にこの絶望があったことを思い出し、そして「この絶望があったから、今の自分がある」と感じたのだ。更に言えば「この絶望によって僕は決意し、絶望とともに進んできた」のだ。絶望を乗り越えるのでも、絶望を光や希望に変えるのでもなく、絶望という世界の中で、自分にも絶望しながら、それでも今自分にできる何かを少しでもしようと、一歩また一歩と重い足取りで進んできた。それが僕なのだ。
僕は普段それを隠していた意図を理解した。が、それでも今、それを取り出し触れて思い出すことで、決意を新たにすることが必要だったのだ。気がつけば、僕は絶望から力をもらっていた。身体が温かくなっていた。
バイオダイナミクス・オステオパシー
※ この投稿は、2020年7月8日にFacebookに投稿した記事の再掲です。
僕のクライアントさんが「バイオダイナミクス」という手技を習っている。僕も興味をもって調べてみたら、家の近くで施術しているところがあることがわかり、行ってみた。
「バイオダイナミクス」は、「バイオダイナミック・オステオパシー」とか「バイオダイナミクス・オブ・オステオパシー」とか呼ばれ、「オステオパシー」の真髄を抽出したようなものらしい。
実際、オステオパシーの施術同様、ベッドに仰向けに寝かされ、施術する先生は足、仙骨の裏、首、頭部などに両手を当てて、ただじっとしている。ほとんど手を動かすことはしない。
が、ただそれだけなのに、例えば、頭部を両手で包まれると、なぜか両手が熱くなる。足首に触れられると腕のあたりがしびれるなど、触れている部位と違ったところに感じるものがある。
先生に訊くと「バイオは、身体全体の流れを見ます。流れをせき止めているもの、バランスを崩しているところを見ながら全体に働きかけ、流れやバランスを取り戻していくのです。」
途中何度も寝落ちしそうになって、また意識を戻すということをした。
「意識がある間は、エゴが流れを阻害していることが多いのです。意識がなくなるとエゴも眠るので、流れ始めます。」
施術時間は1時間。終了して、ベッドから起き上がると、首の後ろが痺れている。これは、かつてオステオパシーの施術を受けていたときの体験から言えば、固まっていた肩、首、頭部が緩んだ証拠だ。
「現代人はだいたいそこは固まっています。きむらさんは、ハートが詰まっていましたが、施術でハートがはじけましたよ。」
ハートの方は全然体感がなかったが、「見えない世界」を扱っているものだから、先生がそう言うのだから、そうなんだろう程度に受け取っておけばよかろう。僕にとっては、首から上が緩んだのが収穫だった。僕が通っていたオステオパシーの大先生は、高齢で引退してしまったので、この感覚は数年味わったことがなかった。
「バイオダイナミクス」と「オステオパシー」の区別が僕にはわからなかったが、僕にはこの施術は合っていると感じた。
怒りの子ども(その1)
※ この投稿は、2019年10月にFacebookに投稿した記事の再掲です。
そだねカフェの前日、たまたま、舞衣ちゃん( 石川 舞衣子さん)のセッションを予約してあった。
今日はセッションで扱う自分自身のテーマが見つからず、前回のセッションでのヒーリングの絶大な効果の記憶もあって、なんとなく「今日はヒーリングかな」と思っていた。
セッションが始まるとすぐに舞衣ちゃんが
「身体が疲れてるね。」と言う。
「え?そうなの?この前ほどではないはずだけど・・・。まあ、でも今日はテーマもないからヒーリングかと思っていたからちょうどいいや。」
「うん・・・でもすぐヒーリングに入るのではなくて、少しこんな感じで話をしてからの方がいい気がする。身体はどんな感じ?」
「いやぁ、『身体は』って言われても、この前に比べたら全然まし・・・というか、普通だよ。明日そだねカフェ初開催だから、それでちょっと気にしてるかな。」
「それだ。そのことを感じるとどんな感じ?」
「いやいや、そりゃあ初めてだから多少不安はあるけど、こればっかりはしょうがない、というか、当然のことだし・・・。」
「もっと身体の中を感じてみて。小さな子どもがいるでしょ?」
「インナーチャイルドのことかい?まあ、今はいつでも呼び出せるけど・・・。あれ?どうしていいいか、わからなくて泣いている感じ。」
「そうそう!子どもが何をしたいのか、どうしたいのかもわからず、座り込んで泣いている感じ。それよ!まさおちゃん、ちゃんと身体が感じられるようなったんやね。」
「ほめて頂き、ありがとうございます。あれ~、そうかあ。。。不安ねえ。じゃあ、僕の中の不安をすべてこの子が抱えてこんで、外側の自分には感じさせないようにしてくれているってこと?で、僕はどうすればいいの?」
「その子の姿を感じられるんだよね。じゃあ、まさおちゃんはどうしたい?」
「・・・え~っと、この子、口も利いてくれないからなあ・・・。とにかく、そばにいるようにするよ。・・・あれ?なんだか、首が絞まる。。。。」
そのとき、僕の首に、2本の手がからみついていた。
(その2に続く)
驚異のヒーリング(その3)
※ この投稿は、2019年9月にFacebookに投稿した記事の再掲です。
セッション部屋に移動して、舞衣ちゃんのヒーリングを受ける。ベッドがないので、テーブルの上に仰向けになり、その後うつぶせになり、もう一度あおむけになって約1時間。
舞衣ちゃんが僕にどのような施術(?)をしたのかはわからない。ほとんど目をつむっていたから。ただ胸のあたりに強烈な熱を感じたのでそのときだけ目を開けたら、舞衣ちゃんは僕の身体から30~40cmほど上方で何やら手を動かしていた。
「終わりました~」と、舞衣ちゃんが言った。
ゆっくりテーブルから降りる。
身体が軽い。頭も軽い。驚いたのが、息が深く出来ることだった。そもそも呼吸が浅くなっていることに気づいていなかったのだが、施術後との差が歴然としていたのだ。
「胸の周りが固まっとったからね~。呼吸も詰まっとったよね。第3、第4チャクラがちょっと止まっとったから、再構築しといた。」
「舞衣ちゃん、チャクラ見えるの?」
「ん~、見えんけど、感じるよ。」
「あと、普通これは言わないんだけど、頭にアストラル体がいっぱいくっついて重くしてたんで、取っといた。」
「アストラル体?霊的ボディのこと?それが何をくっつけるって?」
「生きてるとね、誰でもいろいろくっつけちゃうんよ。なんというか、クラゲみたいのとか、イカみたいのとか。悪霊とかとは違うんだけど、くっつけた分重くなるんで。」
「確かに軽い。頭も軽いし、身体も軽い。」
ほぼ風邪は全快に思えた。
爽快な気分でビルの外に出た瞬間、嫌な気分に襲われた。
人、人、人・・・。
ノイズ、匂い。
何か雑多なもの。入り交じっていて美しくない。
身体がクリアになったからこその感覚だろうか。
毎日こんなものに囲まれて生きていれば、そりゃあ不調になるなと思った。けれど、それでも生きていくために人は見えない鎧を着たり、感度を鈍らせて生き抜くということか。
調子に乗って、コーヒーを飲んだが、まだ早かった。カフェイン抜きのデカフェにしておいたので良かったが、安いコーヒーだったらまた調子を崩していたかも知れない。
驚異のヒーリング。
絶不調だったからこその絶大な効果だったかもしれないが、回復まであと何日必要だったかわからないほどだった僕にとっては恩寵のようなヒーリングだった。舞衣ちゃんと話をしている間にも予約の連絡が入っていたが、それもわかる気がする。これだけ効果を見せつけられればね。
今になって思うに、胸のあたりで、どうしていいかわからなくて泣いている子どもは、きっと仕事が回り出さずにパニックになっている自分なのだろうと思った。僕が不安を感じない分、代わりに引き受けてくれていたのだ。預言カフェに行ったのも無意識ながら、預言をもらって安心したい気持ちがあったのだろうと推測する。「なんとなく・・・」という行為も、無意識まで視野に入れると必然なのだね。
(終わり)

驚異のヒーリング(その2)
※ この投稿は、2019年9月にFacebookに投稿した記事の再掲です。
事前に約束していたから、ランチには行ったものの、食欲がないから自分は食事はとらずにスムージーくらい飲めばいいかなと思っていたら、ランチメニューにスムージーがなかった。
が、メニューを見ていると、食べられそうな気もする。とはいえ、月曜日から3日間、ほとんど何も食べていない。というか、食べる気がしなかったのだ。急に食べて、大丈夫だろうか?という疑問もわく。
迷ったが、他に選択肢がないので、食事のメニューを注文した。
完食してしまった。
しかも約1時間、ゆったりとながら、舞衣ちゃんとお話をしながら。さっきまでの自分だったら、人と話すことも苦痛だったはずだ。
「わたしもねえ、成長しとるんよ。以前より自分の周波数・・・というか、波動が上がったと思うんよ。エネルギーは高いところから低いところに流れるから、わたしのエネルギーがまさおちゃんに流れて、ヒーリングになっているんやね。」
ニコニコしながら舞衣ちゃんが言う。
「それで舞衣ちゃんのエネルギーは枯渇しないの?」
「わたしはただ流してるだけだから。まぁ、重病の人が相手のときは別だけど、まさおちゃんはそういうんじゃないからね。」
「まさおちゃんは、ハートのところにいる子どもが泣いている。悲しくて泣いているとかじゃなくて、どうしていいかわからないとき、子どもって泣くでしょ。そんな感じ。だから胸が詰まってる。あとは頭と背中かな。」
問診も触診もしていないのに、舞衣ちゃんのメディカル・ヒーリングが始まった。
(その3)に続く

驚異のヒーリング(その1)
※ この投稿は、2019年9月にFacebookに投稿した記事の再掲です。
月曜日、目が覚めたら調子が悪かった。身体が重い、だるい、食欲がない。その日の夜は、予約2年待ちのおいしいお魚屋さんで友人と会食だったが、一口ものどを通らなかった。けれど、惜しくも悔しくもなかった。それほど食欲がなかったのだ。
水曜日になっても調子は戻らなかったが、ちょうどいい案配に、この日は友人の舞衣ちゃん( 石川 舞衣子 さん )による個人セッションの日だったので、ヒーリングをお願いしようと思って会った。
事前に風邪をひいたとは伝えてあったが、僕の様子を見るなり、舞衣ちゃんが気づく。
「相当具合悪そうやね。」
否定しようもないほど悪かった。そもそも周りの歩く速度に合わせて歩けない。姿勢も前屈みで、声もくぐもっていたはずだ。
セッションの前にランチを約束していたので、とりあえずお店に向かって歩き出す。舞衣ちゃんが心配して、いろいろと声をかけてくれるが、歩き出して2~3分で気がついた。
「・・・あれ?なんか楽になってきた。」
「ほんと?嬉しい~。わたしの波動で癒されているんやね。」
ジョークではない.本当にそうだとしか思えなかった。だんだん背筋が伸びてきて、歩く速度もあがってきた。何よりも驚いたのが、気づけば、声が出ていることだ。自分の声の大きさに自分で驚いた。
「舞衣ちゃん、歩くヒーラーだね。」
「ほんと~?嬉しいな、わーい、わーい。」
屈託なく笑う舞衣ちゃん。
そうこうしているうちに、お店についた。
(その2)に続く

