わくわくがわからない

※ この投稿は、2020年10月3日にFacebookに投稿した記事の再掲です。

「自分の本当の望みを叶えましょう」などという本やセミナーでよく言われるのが「わくわくに従いましょう」ということだ。「自分がわくわくするもの」を追いかけていけば、それが自分の望みを叶えることであり、幸せになることです、などなど。

でも「わくわくがわからない」人に、それは酷な話だ。そもそも「自分が本当にやりたいことがわからない」人は、「わくわくするものがない」「わくわくする感じがわからない」から困っているのが実際だと思う。

僕は生まれてこの方「わくわく」体験を持ったことがない。「わくわくする」感覚は想像出来るので、たぶん自分の中にはあるのだろうが「何にわくわくしますか?」と問われても今なお「別にありません」と答えざるを得ない。

ではやりたいことや欲しいものがないのかと言えば、そんなことはない。鉄道、写真、旅行など趣味でやりたいことはやってきたし、そのために必要なものも手に入れてきた。何もかも中途半端という思いはついてまわるものの、やりたいことはやってきたし、欲しいものはそれなりに手に入れてきたのだ。

わくわくがわからない人は、自分の行動や身体に注目すれば良い。身体は正直だ。身体が何をしているか、もしくはしていないか。そこに自分の本当の望みが表現されている。

僕はそうやって自分の望みを探求してきた。

先日、某セッションでクライアントをさせてもらって、いつの間にやらそんな話になり、僕は自分の身体の中心に位置している自分の望みをイメージとして見た。

それは、映画「2001年宇宙の旅」に出てくる「モノリス」のような形をしていた。それは身体に深く根付いていて揺らぐことなく。ただし、それは地球の物質で構成されていないので、映画とは違って、黒いながらも四角い板でありつつ、同時に円柱でもあった。

それは間違いなく「自分の望み」であるという確信があり、それは揺らがないものの、未だ地球上でどのような形をとるかは、固まっていないような感じを受けた。

望みは明確なのに「落ち着きのなさ」を感じる所以はそこにあったのだな。まだ形が定まっていないからなんだな、と腑に落ちた体験だった。

身体は知っている。

自分一人でわからなければ、そこにカウンセラーが支援する余地が生まれる。自分では気づかない身体の動きを浮かび上がらせてくれるからね。

モノリス

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