過去を過去に置いていく

※ この投稿は、2020年10月5日にFacebookに投稿した記事の再掲です。

今の自分で生きていく」「わくわくがわからない」「笑わない自分」を書き終えて外に出たら、今まで経験したことのない感覚に気がついた。

「自分の身体に自分がいる」という感覚。

そして「あ、自分を赦したんだ」と直観した。

3つの投稿は、ここ1ヶ月ほどのセッションで自分が感じたことをまとめようとして書いた。本当は一つひとつのセッション体験を書きたかったのだが、日にちばかりが過ぎてしまい、せめて今自分の中で浮上していることを記録しようとしただけだった。3部作にするなどの意図もない。書いてみたら、投稿が3つになっただけだし、書いてみたら、ここ一ヶ月受けてきたセッション体験と何も関係ないことまでずらずら書いていた。

それでもセッション体験が僕の中の何かを動かしたのだと感じる。理屈づけて説明することは出来ないが、セッション体験が、僕の中で何か化学変化のようなものを起こしたような感じだ。

僕は、過去の僕にずっととらわれていた。

最後の投稿に書いたとおり、魂のミッションは、過去生で失敗してきたから今生では成功させたいという思いから取り組んでいると思っていた。

けれど、過去はもう終わったこと。

魂のミッションは、今ここの自分のミッション。
過去は関係ない。

今そんな感じがしている。

肩に痛みは残っているものの、昨日よりはるかに軽い。
後ろに引っ張られるような腰や背中の重さもない。

身体は全体的に軽い。それでいて、ふわふわせず、自分自身で充填されている感じ。

血走った目で怒りに燃えるインナーチャイルドは、相変わらず怒りを携えたままだが、今や落ち着いて前を向いて、僕の右手と手をつないで、世界に向き合っている。

「見つかったら怖いことが起こる」と怯えてひたすら身を隠していた過去生の子供は、涼しい顔をして前を見ながら、僕の右肩に乗っている。

左肩には優しく温かい左手が添えられている。これはまだ見たことのない人の手。いつか出会えるかもしれない。

ハラには、自ら望んで生贄となって首をはねられたローマ時代の子供の僕。勇気の源だ。

そして身体の中心に、金色の宇宙人。

今の僕と重なって、僕が僕自身たる所以を取り戻した感じがする。

そうか、こんなにも違うのか。

過去の僕を背負っていた分、とても重かったのだ。

会社を辞めて、さあ第二の人生だ、やりたいことをやろうと思ってはいたものの、何かこう重たい感じ、苦しい感じがして、前に進みにくかったのは、こういうことだったんだな。

面白いな。

特定の一つのセッションで起きた変容ではない。

過去を過去に置いていくことも、該当のセッションを受けたときに頭では理解していた。僕の場合、それが何ヶ月も経ってから、内側の化学反応によって、1日にして消えたのだ。

理屈じゃない。
説明も出来ない。

けれど、これが僕に起こった真実。

とはいえ、身軽になっただけで、急に出来る男になったとか、頭脳が超絶明晰・高回転になったとか、インスピレーションが降りてくるようになったとかじゃない。ただ「私が私である」という状態になった。シンプルに「自分自身」に還ってきた。

これが僕の人生の本当の再スタート。
僕らしく、地道にこつこつ進んでいこう。
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